【感想文】身体も心も生きるための道具(成功の実現)

2014-01-26 20.32.19
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■この本を読んでみた自分なりの背景と、簡単な本の紹介(要はどんな本?)

 

「自己啓発の本ベスト3に入る本を教えて」

という質問を頂きました。

 

結構考えました。たくさんある。どうやって絞ろう。

7つの習慣、嫌われる勇気、道は開ける、人を動かす、自己評価の心理学、非常識な成功法則、ふえー、たくさんあって絞れないよう。ってなりました。

 

ただ、結局選んだのは全部中村天風の本でした。

「成功の実現」、「心に成功の炎を」、「盛大な人生」です。

ちなみに各書1万円以上します。

これが新卒1〜2年目、思いつく範囲で全力で仕事をしても結果出せなくて、絶望していた自分に刺さったのなんの、本当に命を救われたと思っても過言ではない、書籍です。

 

とはいえ、あまり認知されていないことも知っています。簡単に紹介しましょう。

中村天風は1800年代後半〜1900前半に活躍された方です、そして教え子には「東郷平八郎」「ロックフェラー」「尾崎行雄」「稲盛和夫」などがいます。すごくないですか?とにかく時の権力者達が教え子にいます。
中村天風 – Wikipedia
中村天風wiki

今週は原点回帰週間、そして久しぶりの読み返すので忘れていることもあるんじゃないか、読むからには要点整理と、忘れていることをもっと具体的に習慣化させるぞ、という気持ちで読み返しました。

基本的には中村天風が講座という形で教え子に伝えるのがメインで、話の中ではインドでカリアッパさんという師匠とのやりとりの話も出てきます。

それではいってみましょう!(今日は引用中心で長いよ!)

 

クンバハカ

 

感覚なり感情なりの衝動、ショックを受けたら急いで身体の3カ所に特別な対応をしよう。

身体の3カ所はどこかというと、肛門とおなかと肩です

 

腹がたつこと、心配なこと、恐ろしいこと、何かにつけて感情、感覚の刺激衝動を心に感じたら、すぐ肛門を締めちまう。

そして、おなかに力を込めると同時に、肩を落としちまうんだ。この3カ所がそうした状態にされたときに初めて感情や感覚の刺激衝動が、心には感じても神経系統に影響を与えないという、いわゆる影響を減ずる効果がある

 

本当の呼吸

 

そこで、習慣をつけるのにいちばんいい一石二鳥の方法がある。

いま言った体のもち方を応用しながら、折あるごとに時あるごとに、日に何千回でもいいから深呼吸をすることを稽古なさい。

そうすると、ひとりでにこの良き習慣が、いざというときに特別に意識を用いなくても、肛門が締まって、肩が落ちて、おなかに力が入る。

息を吸うときよりも、出すときが肝心なのよ、呼吸っていうのは。

「深呼吸」と文字で考えても、出すほうが先に書いてあるね。

それをあなた方、文字に逆らって、あべこべにやっているから「吸呼」深呼吸は出すだけ。

最初、肺臓の中の悪ガスを出すことが大事なんです。呼吸なんだから、「呼」のほうから先におし。

 

信念を強くする

 

この方法をいっそう有効にするには、毎晩寝がけに鏡に映る顔を見て、「お前は信念が強くなる」。

これを言って寝るようにしてごらん。

あくる日、目がさめたら、あんまりぐじゃぐじゃ言わないうちに「きょうは俺は信念が強いぞ」信念に寝て、信念に起きるんです。

それから、一日のうちに気持ちにぐらつきが起こるようなことを感じたときは、また鏡なり、あるいはガラスのところに行って自分の顔を映して、「俺は信念が強いんだ」自分自身を叱喀してやるんです。

信念に寝て、信念に起きて、信念で生きる。この心がけを、きょう教わった神経反射の調節と相呼応しておこなっていけば、さなきだに鍛えれば鉄をも断つべき正宗の名刀のようなあんた方だ、くらでさえこうなったんだから。どれだけ偉くなっちまうかわからない。私みたいなぼんくらでさえこうなったんだから

 

落っこちるまで

 

「落っこちるまでは生きておりますから、そのまま安住してます」と言ったら、

「偉いっ、それなら先ざき見込みがあるぞ。それが人間の世のほんとうのありさまじゃ」

これが、人間の世のありさまなんです。気づかないために安心しているんではなく、気づいたときでも安心ができるようでないと、本物じゃないわけだね。

ところが、あなた方、気づかざる場含には知らぬことで、我が心を煩わさないから何にも考えないけれども、わかったら大変だ、ねえ。わかったら大変じゃいけないんですよ。わかっても、我れ関せずの心になり得れば、人間の世界に何の恐れも感じない、実に安心した状態が続いてくる。

 

身体も心も生きるための道具

 

「体も心も生きるための道具です」

「そうだ、満点だ。それでいいのだ。そこで、それがわかったら、お前は?」

「それがまだわからないんです」

「何にもなんねえ。せっかくいいところまでわかってんだぞ、なあ。今お前の言ったことがわかろうまでにはな、この国にも百歳を越した奴はいくらもいるけど、わからないで、いっこうにその行が進まずに山の奥にも行けないで困ってる奴が幾人もいるんだ。感心だ。心と肉体は、お前が生きるための道具だ。しかし、そのお前は何だよ、お前は?」

「それがその、まだ考えついておりません」

「考えろ、考えろ。そこまでいきゃあわけないだろう」

と言われたんだけど、このお前なるものを考えるのにね、ほんとうに今度は三日ってわけにいかなかった。

 

身体も心も生きるための道具 2

人間の場合だけはだね、大工のカンナに等しく、絵かきの絵筆に等しい肉体を、よろしいか、自分だと即座に思っちまう。この思い方を本能階級的自己意識と言う。もっとむずかしい言葉をつかうと、肉体に表現する我の片鱗を自分の全体だと思う思い方。

 

身体も心も生きるための道具 3

どんな場合であっても、肉体が自分だなんて下等な気持ちで、人生に生きちゃいかんぜ。そうかといって、心が自分だと思うと、人生を生きる場合に非常に生きづらい負担をよけい感ずるという結果がくるのよ。なぜだというと、心が自分だと思うと、精神至上主義に知らざる間に人生観がおちいっちまうんです。一にも心、二にも心となると、理性を培養して人生を生きることがいちばん賢いというような断定を知らざる間につくっちまう。

 

意志力を一日も早く完全に出しうる人間になる

 

とにかく意志力を一日も早く完全に出しうる人間になることを努力なさい。もう不思議なくらい出てくるんだもの。観念要素の更改を真剣にして、真剣にしなければ駄目よ。その効果を認めるまでは真剣にならないらしいんだ。「寝がけは何か面白いことを考えろ。何が面白いかな」なんてことを考えたりね。もうくだらないことを考えて面白がったりしてる人があるんだよ。自分の心の統御に対して真剣な、焼けつくような気持ちがないと、進歩は、ほどが知れてしまう。

 

自分の腹が痛いのを、隣のおばさんの腹が痛いように感じなさい

 

自分の体が痛いとか、かゆいとか、不愉快だとか、あるいは腹が立つとか、悲しいとか、恐ろしいとかという感覚や感情、そのどれでをも、今後はだよ、たとえば腹がへった感じであろうと、あるいは痛みであろうと、怒りや悲しみや憎しみというような一切の感情を、ちょうど自分以外の人が感じているように、客観的に考えるようにしろっていうんだよ。

まだわからない?もっと噛んで含めるように言おうね。

自分の腹が痛いのを、隣のおばさんの腹が痛いように感じなさいっていうんだよ。鳩が豆鉄砲くらったような顔して私の顔見てるが、よく考えなさい。」ここが難しい哲学なんだから。

感覚とか感情とかというものは、実は実在意識がそう感じるからそう思うのですよ。いいかい。霊魂という気体には、そういう事実は少しも感じてないんだよ。痛い、かゆいというのは強く実在意識が神経を通じて実在意識にそれを感じせしめているから感じるだけで、感じなければ思わないんだからで、感じなければ思わないんだから。よく寝てるときに足の裏をくすぐったとする。ひどくくすぐれば目を覚ますけれどもひどくくすぐらないかぎりは、フウッと何か言いながら横向いちまう。

 

自分の心に対する注意

エラーだのミステイクだのっていうものは、自分が自分の心に対する注意を怠ったばかりに、心それ自体がとぼけちゃったからそうなるんだよ。もう言うほうが恥ずかしいくらいわかりきったことなんだもの。諸事万事を行う際に、はっきりした気持ちでしなさい。とにかく、はっきりした気持ちでやる癖をつけなさい。

 

人間が心を便うとき、気が散っていることぐらいいけないことはないんであります、なぜ気が散るといけないかというと、気が散れば心のまとまりがくずれてしまう。ノイローゼにかかったり、神経衰弱にかかったり、精神病の一歩手前に入っちまうのは、この気の散り過ぎが原因なんですぜ。頭のなかは線香花火みたいに、パッパッパッパッ、いろんなことを考えてますわ。水鳥の足に暇なきありさまと同じように。そうなるとね、心本来の力も働きも分裂してしまうからだめなんです。

 

心を使いこなす

何事にでも上達しちまうのよ。あれが得手、これが不得手っていうんじゃ、まだほんとうに心を使いこなしていける人じゃありゃせんぜ。何でもそうよ。スポーツだろうが、武術だろうが。いえいえ、私がいつも言うだろう、字や絵の書けない人間ていうのは、心の使い方がへたなんだって。宮本武蔵を見てみろ。あんな中年までは全く無教育な、目にいっちょう字もなかった人間が字でも絵でもワっぱなものを書くじゃないか。よろしいか、それはほんとうだぜ。結局、心の使い方が完全であるばっかりにそうなれたんだ。

 

理屈なしの信念

それが、いつとはなしに僧念ができてきた証拠でしょうな。「医学で治らないといったって、俺は治る。治るとも」。何か理屈なしに、極めて筒単明瞭に思い込むように変わっちゃったんだ。ただもう回復して、元気で活動ので営る状態だけを自分の心に絶え間なく描くことに努力した。そうすると、しまいに、夢にまで非常に丈夫になうたところが出てくるようになっちまった。もう夢に出てくろようになればしめたものですよ。

 

いいことだけ絶え間なく絵にかけよ、心に

「まあ、いいことだけ絶え間なく絵にかけよ、心に」ただそれだけしか教わらないんだが、心のなかで思ったり考えたりすることを、心のスクリーンに想像力を応用して描くと、それが期せずして強固な信念となる。信念となると、それがいつかは具体化するのが必然の神秘なんだ、ということが悟れたわけだ。」これなんだよ。「思考は人生をつくる」という言葉の意味は。心はその人をつくりもし、また懐しもするという恐ろしいものなんだ。人生はまこと心ひとつのおきどころ。

 

まとめ

 

だいぶおさえたつもりなんですがいつもよりボリュームがだいぶ多くなってしまいました。そして前後関係がよくわからないので、関係が掴めずに理解が進まなかった部分もあったのではないかと思います。

それはひとえに僕の租借する力が足りなかったからです。これ以上どうすればいいかわからんかった!

もし興味を持たれたらぜひ本書を読んでみてくださいね。

 

そして知り合いというわけでもなんでもないのですが、中村天風関連で当時からですので多分5〜6年くらい取っているメルマガと、その人が中村天風を実践するためのプロセスを整理されたホームページを作られていますので上記にご興味もたれた方はこちらもどうぞ(ちなみに文章めっちゃ長いです笑、でもタメになることが多く書かれているので僕は苦じゃありませんでした)
目に見えない潜在意識の性質を理解し心を積極化することで目に見える自分自身を制御する秘訣とは? 
ホームページ

誰も書かなかったプラス思考のつくり方 [まぐまぐ!]
メルマガ(でも最近移動したという話だったかも)

今日はこんな感じで!

 

■マインドマップ

2014年01月26日20時22分59秒_0001
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