水掛け論の避け方

slooProImg_20160727175254.jpg
このエントリーをはてなブックマークに追加
Bookmark this on Google Bookmarks
Pocket
LINEで送る

今日は西洋思想史クラス1回目。

テーマは「水掛け論の解剖学」

最近インプットクラスで感じるのは、
人とコミュニケーションする難しさ。

インプットクラスは当然ながら
書籍の情報をインプットする力が問われていて、
文章から著者の意図を抽出する力をトレーニングしている。

インプットクラスでは その次にチーム内で見解を統一して、
その意見をべースに、他チームと議論を進めて一つの共通見解をつくりあげていく。

ってこれめちゃくちゃ難しい。

まず自分がしっかり”読む”こと。

インプットすること自体が難しいのに、
違う人と共通見解を作りあげていく。

もちろんその中には自分と正反対の主張の人と対話していくことが必要になる。
そこで起こりやすいのが水掛け論。
なぜ水掛け論になってしまうのか?

結論から言うと 事実をベースに対話をしていないから。

西洋思想史0回目の講座では
人間で考えるテーマは 「善悪」「存在」「認識」の3つに集約されるということ。

その中で「善悪」「認識」はかたちを持たない。

文字通り ”どのように認識しているか?”なので
「それはあなたの見方ですよね?」と解釈の話になってしまう。

そうなると、議論は進まないし、する意味もない。

それを避けるためには、
お互いがそれは確実だと考えられる事実から議論を進めていくのが大事だ。

この話と平行して、古代ギリシアから自由権についての歴史についての学びもあったので
それもまた機会があれば書こうと思う。

先日、参議院選挙があったし、今週も東京都の選挙がある。
誰に投票しようか?を考える時に 好き嫌いでやるのは誰でもできるけど、
真剣に考えるとなると、結局古代ギリシャとか過去の歴史から
どのような経緯で発生したのか?根本的な理解をしておくことが役に立つ。

というより根本的に理解しておかないと話のうまい人に騙されるし、
自分の考えを持たずに流されている人になってしまう。
それは僕は嫌だから過去を勉強して、自分の意見を持ちたいと思う。

P.S. 今日はジャンジャックルソーが作曲したこの曲を・・

このエントリーをはてなブックマークに追加
Bookmark this on Google Bookmarks
Pocket
LINEで送る

ガンガンいこうぜ!メルマガ登録フォーム

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>