苦と執着について

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陰陽五行論塾8月。

どうしようかなと思ったけど、
僕の陰陽五行論についてだけ
読みたいというクレイジーな人もいるので、
今回印象に残った
「苦」と「執着」について話そうと思う。

最古の経典と言われている
スッタニパータには、次のような言葉が記載されている。

・人は「これは私のものである」と執着して苦しむ。獲得したものは常住ではない。この世のものは 存在しては消滅する。
・紛争、口論、悲しみ、憂い、物惜しみ、慢心、中傷、これらは執着から生まれる。
・「これは私のものである」と執着しない人は「これは私にはない」と苦しむことはない。

人生は苦に満ちている。

仏教でいう苦とは、
今の言葉の使われ方の苦ではなくて、
人生をコントロールできない、
思い通りにならない、ということを苦と言っている。

生老病死、
生きること、
老いること、
病むこと、
死ぬこと、
これは自分でコントロールできない。

人間は
生まれてくることを自分の意思では決められないし、
老いていくことも止められないし、
気をつけていても病気になるし、
死にたくなくてもいつかは死ぬ。

これらを代表的な苦と言った。

なぜ生きるのが苦しいかというと、
コントロールできないことをコントロールしようとしているから苦しい。

これを執着と呼ぶ。

執着を捨てて、
世の中の流れに身を任せる、
諸行無常である。

今どれだけお金を持っていてもあの世には持っていけない。

今どれだけ素敵な家族がいてもいつかお別れしなければいけない。

そのことを考えると、
とてもさびしくなるけれど、
それはやはりコントロールしようとしているということで、
やはり苦への道である。

人生は逆説的だから、
成功したいと思うと成功できないし、
モテたいと思っても持てない。

安定しないこと、
変化し続けること、
常にリスクを取り続けること、
それを楽しめること。

楽しめないなら、
1長い人生の一場面と考えるか、
2今、にだけ集中してそれ以外のことは考えない。
か。

一度きりの人生、とにかく楽しもう。
(密教的には輪廻転生の世界観だけど)

人をまず食わせること、
死んでもいいくらいの気持ちで生きる。
でも家族と社員は絶対に生きる価値を残す。

まとめると、
好きなことをやること、
それを徹底的に極めること、
先に相手を食わせること、
徹底的に得をさせること、

それでいて、
もういつ死んでもかまわないというつもりで生きること。
だから、死なない。

シンプルなんだけど、
中には矛盾しているように見える言葉もあって、
難しいけど、そういう部分も楽しんでいきたいね。

さあ、これから木坂さんのインプットクラスだ。

ではまた明日〜!

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