抽象と具体の移動力

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今日は新規案件の商談をしてから
西洋思想史クラスファイナルへ。

哲学とは、何のために学ぶのか?

哲学とは何か?

学びとは何か?

普段は何気なく
使っている言葉を
定義していく。

(これが普段あまり使わない脳の部分を使っているのか
めちゃくちゃつかれる)

バートランドラッセルの
「哲学とは、神学と科学の中間に立つあるものである」言葉から

「現実」は、神学と科学の間にあって

神学は抽象的過ぎて根拠がなく、
科学は具体的過ぎて説明できる領域が狭すぎるので
両者の間の巨大なスペースを自分の力で生きなきゃいけない。

この、抽象と具体の移動力。

この力を哲学は鍛えてくれる

答えが合うのではなく、
問題がピントに合っているかどうかを合わせられるか、

話が面白くない人は、
相手にピントを合わせられていない
というのも興味深かった。

ピントは、
狭すぎても
広すぎてもいけない。

目の前のことで失敗して自殺してしまうのももったいないし
現世はもう世捨て人でいいや、ってあきらめるのも極端なので
適切なピントを合わせようと。

過去の講座でも
つまるところ世の中の問題は人間関係の課題が大半なのだから、
相手のピントに合わせて、
適切な話ができれば問題は起きづらい、
という話があった気もする。

それでもまあ哲学者の書く本は読みづらく、
真理に到達するための書籍として
あまり読ませるようにはつくっていない哲学者もいる、
ってことだった。

まあいろんな人がいるってことだね~

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